あひる日記

工学系大学院生の備忘録

論文 - Rapid fabrication of physically robust hydrogels

"Rapid fabrication of physically robust hydrogels" Bao B., et. al. Nature Materials (2023) 1-8.

ハイドロゲルは水を多く含むために生体適合性が高いため,有用な材料である.一方で,機械的特性がイマイチなことと製造プロセスに時間がかかることの2点から,用途が限られている.
そこで,以下のような特徴を有するBIN(biomimetic interfacial-bonding nanocomposite)ゲルを開発した.
・光架橋による迅速な合成
・剛柔な界面を持つ微細構造による,エラストマーと同等の高靭性・高引張強度 (biomimetic interfacial-bonding nanocomposite gels)


これまで,ゲルの機械的特性向上戦略として,double-network(DN) hydrogelsが開発されたが,靭性(toughness)と強度(strength)のトレードオフに悩まされてきた.また,架橋や浸漬などに時間がかかるため,機械的特性と加工性とのトレードオフも生じている.例えば,光硬化ゲルは加工性は高いが,機械的特性は低い.

Image from Gyazo
Fig. ダブルネットワークゲルの例(文献).イオン架橋(赤)と共有結合(緑,青)が共存している.

ここで,自然界にある機械的特性の優れた材料として,貝殻や骨,真珠層などの微細な複合材料に注目した.微細構造によってエネルギーが分散し,機械的特性が向上する.加えて,微細構造の粒界での相互作用が強力であることも重要となる.

今回のハイドロゲルでは,HAMA(methacrylate-grafted hyaluronic acid)を硬質層に,NBPEG(o-nitrobenzyl alcohol-terminated tetra armed polyethylene glycol)を軟質層に用いた.具体的には,HAMAとNBPEGと光開始剤を混合した水溶液に光を照射すると,HAMAが重合し顆粒を形成,同時にPEG末端のNBが光分解されラジカルを生じて特異的にHAMAの炭素と共有結合し,数秒のうちにゲル化が完了する(PTPC反応).ちなみに,このゲルの構造は,ムール貝の足糸の吸盤とそっくりである.

Image from Gyazo

ゲルの機械的強度は,硬質層の割合に依存している.
PEG(軟質層)に対するHA(硬質層)の割合が0.04〜0.10と低いと,引き裂きエネルギー(tearing energy; 亀裂伝播に対する抵抗を表す)と,破壊仕事(work of fracture; 破壊を引き起こすのに必要なエネルギー)とが大きな「丈夫なゲル(tBIN gel)」となる.特に靭性はDNゲルよりも高く,クモの糸に近い値を示した.
HA(硬質層)の割合が0.10〜と高くなると,15.31 MPaと高い引張強度を示し「強いゲル(sBIN gel)」となった.靭性は低下しているので脆性破壊を示す.
PEG上のグラフト化度が増加するにつれて,引張強度や破壊仕事量が増加し,界面がより強くなっていることが示された.

ここで,PEG末端のNBをMAやAA,SHに置き換えると,自己架橋が起きてしまい,うまくいかない.また,他に比べてNBはPTPC反応速度定数が著しく高いこと,疲労耐久性が維持されることから,PTPC反応によるHAMAとNBPEGの優れた界面結合が示された.

以上の優れた機械的強度と迅速な加工性から,3Dプリンターへの応用を行った.複雑な構造を自立させてプリントすることに成功した.

分離した相を形成し,それらをPTPC反応で結びつける手法は,PEGではなく他の線状ポリマーでも応用が可能.多種多様なポリマーから強靭なゲルを得ることができる.また,これまでエラストマー強化のために必要とされてきた乾燥・膨潤の繰り返しプロセスを省略することができる.
Image from Gyazo


まとめると,「PTPC反応によって,相分離微細構造を持った強靭なゲルを様々なポリマーで作れるようになった」ということだろうか.メッセージははシンプルだが,シミュレーションやデータが多い.

とにかく,効率的なPTPC反応が今回の重要なポイントらしいので,振り返ってみる.
PTPC反応(photoriggered transient-radical and persistent-radical coupling reaction)は,Extended Data Fig.1f, Supplementary Figs.4,5

  1. o-ニトロベンジルアルコール(NB)基が典型的な光分解反応を受けて o-ニトロソベンズアルデヒド基に変換され,これが LAP(光開始剤)ラジカルと反応して持続性ニトロキシドを生成

  2. ニトロキシドがHAMA内のメタクリレートの重合によって形成された炭素中心のラジカルを捕捉