あひる日記

工学系大学院生の備忘録

【論文紹介メモ】PVAとTAを混合したVATA水中接着剤

PVAとTAを混合したVATA水中接着剤を調製した(70 kPa程度).エポキシ系接着剤やシアノアクリレート系と比べて,再接着性,低毒性,長硬化時間,といった利点を示した.

  • 今日は,”VATA: A Poly(vinyl alcohol)- and Tannic Acid-Based Nontoxic Underwater Adhesive(ポリビニルアルコールとタンニン酸をベースにした無害な水中接着剤VATA)”という論文を紹介します.(論文サイトへのlink→リンク

    • Lee, D. et al. (2020). ACS applied materials & interfaces12(18), 20933-20941.
  • これはDepartment of Chemistry, Korea Advanced Institute of Science and Technology (KAIST)の, Laboratory for Bio-inspired NanoEnergy Materials (Prof. Haeshin Lee)研究グループの論文です.

背景  エポキシ系やシアノアクリレート系の接着剤は湿潤環境下で広く使用されているが,エポキシ系接着剤の場合は湿潤環境下にさらされると接着力が低下・長い硬化時間(24時間程度)を必要とする.また,特にシアノアクリレート系は水と接触すると極めて速く硬化するため,作業時間が極端に短くなる.さらにこれらの接着剤にはある程度の生物毒性があることが広く知られている.水中接着における水中作業時間の短さ,急速な固化・硬化,再利用性の低さに対応した水中接着剤が求められている.

目的  再使用型接着と水中接着の2つの特性を持つ水中再使用型接着剤の開発を目指す.ポリビニルアルコール(PVA)とフェノール化合物であるタンニン酸(TA)の単純な混合物を調製し,再利用可能な接着性を有する水中用接着剤を作製した.

方法       TA溶液および85℃で24時間撹拌してPVA溶液を調製.TAおよびPVA溶液の最終濃度は,1.25,2.5,5,10,20,30および40wt%であった.X wt%のPVAとY wt%のTA溶液を4gずつ混合,3000rpmで20分間遠心分離し,上澄みを取り出して粘着部(VATA)を回収した. 40wt%のPVAおよびTA溶液を調製,10M濃度の尿素溶液と1:1の重量比で混合したのち,VATAを調製した. 水中接着試験では,VATA20-20を0.6g水中でSUS大円筒に塗布後,0,1,24時間静置した後,別のSUS製大円柱でVATAを上側から3秒間押圧し,持ち上げた.

結果①       TAとPVA溶液を混合すると凝集沈殿が形成される.これは水素結合が即座に形成されることに起因する.少なくとも24時間安定化させると,VATA接着剤の粘度上昇に示されるように,さらなる水素ネットワークが形成される.

結果②       PVAとTA溶液の濃度を変えて接着強度を測定した.TAとPVA鎖の相互作用が臨界点を超えると,ほとんどのPVA鎖はTAによって効果的に沈殿させられる.VATAを強固に接着させるための最適な組成は,PVA/TA重量比1:1であることが判明した.PVAが過剰な場合(PVA量>TA)一般的に十分な接着強度が得られないことが確認され,TAが過剰な場合,過剰なTA分子はPVAと分子レベルの複合体を形成しないため1:1の比率に比べて接着強度が低下した.

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結果③       カテコール系粘着剤は,塩基性pH環境下では粘着力が低下することが知られている.VATAの接着に対するpH値の影響を検討した.pH10(34.9kPa)では、酸性(〜pH3; 69.0kPa) や中性(〜pH7; 34.9kPa) に比べて接着力が低下した.主にカテコールからキノンへの変換とカテコールアダクトの形成により,他のカテコール系粘着材料で示されたのと同じ傾向を示したと考えられる.一方で,VATA 20-20はpH条件に関わらず,24時間水中に放置しても全体の接着強度は大きく低下しない

結果④       中性pHの条件下で塩化ナトリウムと塩化カリウム(最終0.1M)を添加し,イオンの影響を調べた.Na+の場合,接着強度は69.4から64.8kPaにわずかに減少した一方で,K+では24時間暴露後に接着強度が69.4から77.0kPaに増加した.

結果⑤       再利用性と被着材の検討.10回の繰り返しでVATA20-20はほぼ100%の接着強度を維持した(約72kPa).金属(SUS、鉄(Fe),アルミニウム(Al),銅(Cu)),ポリマー(ポリスチレン(PS),ポリメタクリル酸メチル(PMMA),ポリエチレン(PE),ポリ四フッ化エチレン(PTFE)),セラミックス(ソーダライムガラス、アルミナ)など,さまざまな素材表面に接着可能.材料に依存しない挙動は,様々な固体基材に接着するTAのユニークな能力によるものである可能性がある.

結果⑥       毒性実験.蒸留水とVATA20-20抽出液の中で泳ぐC. elegans (線虫とラットのLD50毒性には良好な相関がある)は,24時間後にはほぼ100%生存しており,水中接着剤としてのVATAが生物に対して無毒であることを示した.生きた金魚を入れたガラスの水槽の中に,透明なアクリルパイプを積み重ねて168時間放置したところ,水槽内の金魚がすべて運動性を低下させることなく生きていた.

結論       VATAは,タンニン酸とPVAの混合溶液という非常にシンプルな方法で,水素結合により容易に調製された.VATAは水に触れても24時間という非常に長い作業時間を示した.金属,セラミックス,ポリマー(PTFEを含む)など,さまざまな素材にわずか数秒で接着可能で,再接着も可能であると示された.また,無脊椎動物である線虫と脊椎動物である金魚を用いて,短時間(約168時間)であれば動物に対する毒性はないことがわかった.

  • 現状用いられているエポキシとシアノアクリレート系
    • シアノアクリレート系接着剤は水に対して安定性が悪く,乳化して水分子と反応し,自己硬化して接着力を失う
      • シアノアクリレートは接着力が激減(0時間33.7±3.0kPa,12,24時間で検出せず)
      • シアノアクリレートが1回目の剥離後に水と縮合し固化するため,繰り返し試験の際には2サイクル目ですぐに接着力を失う.
  • タンニン酸+PVAについて
    • 5つの外殻ガロール基と5つの内殻水酸基共有結合した構造
    • タンニン酸による多座結合は高分子鎖を効果的に結合させ,タックと粘度を飛躍的に上昇させる.タンニン酸に加えて高分子成分が必要.
      • ネットワークにおけるポリマー/タンニン酸水素結合相互作用について,PEGとタンニン酸の混合物が水素結合供与体(タンニン酸の-OH)と受容体(PEGのエーテル酸素)相互作用により,水性でありながら耐水性のある生体接着剤が得られる.
    • タンニン酸とPVAは共に固有の接着性を示し,タンニン酸はPVA鎖間を相互接続し,PVA-タンニン酸-PVAネットワークという形でPVAの分子量を飛躍的に増大させることが知られている.
      • PVAは水に溶ける
      • タンニン酸を微量添加して架橋剤として利用したPVAハイドロゲルを用いた先行研究
    • → タンニン酸の量を増やす(約10〜50倍)ことで,タンニン酸特有の水中での粘着性を示す粘着性ゾル状接着剤を調製できるのではないか.PVA/タンニン酸複合体は水和しながらも不溶性のコアセルベート様接着剤となることが期待.