あひる日記

工学系大学院生の備忘録

【論文紹介メモ】ガロール基導入エポキシ接着剤

ガロール基を導入したエポキシ接着剤が高い水中接着力を示し,基板の表面処理の影響が検討され,低温下でも接着力を維持,熱水耐久性も示した.

  • 今日は,”Biomimetic epoxy adhesive capable of large-scale preparation: From structural underwater bonding to hydrothermal durability(大規模な調製が可能なバイオミメティックエポキシ接着剤:水中構造物への接着から水中熱耐久性まで)”という論文を紹介します.(論文サイトへのlink→リンク
    • Li, G., et al. (2022). Chemical Engineering Journal431, 134011.
  • この論文は中国工程物理研究院(CAEP,China Academy of Engineering Physics)のYinyu Zhangのグループ(?)による研究です.

背景  ムール貝から着想を得たバイオミメティック接着剤は,乾燥状態でも湿潤状態でも有望な接着材料である.一方で,より高い接着性能(≥5 MPa)とスケールアップが急務である水中建設用接着剤としての応用に適した材料はほとんどないのが現状.

目的  生体模倣型カテコール系マンニッヒ塩基エポキシ硬化剤(CMB)をヘクトグラムスケールで調製し,水素化ビスフェノールAのジグリシジルエーテルを組み合わせて,速硬化性二液型エポキシ接着剤を設計した.

方法       硬化剤は,パラホルムアルデヒド,アミン類,フェノール類の一段階マンニッヒ反応により合成した.パラホルムアルデヒドをDETAに溶解させた後,4-tert-butylcatechol溶液に滴下し還流.減圧蒸留して残留溶媒と水を除去して室温まで冷却し,乳白色の粘性液体「DETA-CMB」を得た.他の硬化剤も同様の手順で調製した.混合割合は,水添ビスフェノールA型エポキシ樹脂のエポキシ価および,プリスティンアミンまたは変性アミンの理論活性水素当量から算出し,変性アミンの理論活性水素当量はフェノールまたはカテコール類似体が完全に反応したと仮定して算出した. 得られた硬化剤は,エポキシ樹脂の水素化ビスフェノールAのジグリシジルエーテル(DGEHBA)とよく混合し,両金属基材に塗布して,24時間室温で予備硬化,必要に応じて60℃で4時間ポストキュアを行った.その後,剪断引っ張り試験を行った.水中では72時間の硬化時間を採用した.

結果①       アミン部分とカテコール基部分の構造を変えた硬化剤を合成した.1H NMR,13C NMR,FT-IR,UV-visによって合成の成功を確認した.DETA-CMBエポキシ接着剤の接着強さのみが,有意な接着力の向上を示した.接合部は,他の接着剤よりも凝集破壊領域が多く,界面相互作用が強化されていることがわかった.DETA-CMBの接着性能の向上は,適切なアルカリ環境とカテコール基の適切な含有量に起因していると考えられる.硬化剤とエポキシ樹脂の最適な添加量を検討したところ,アミン理論値付近で最も接着強度が高くなることがわかった. カテコール部位とフェノール部位の効果を比較するために,対照群としてDETA-PMBを用意した.カテコール部位がフェノール部位よりも接着強度が高く,硬化時間から求めた硬化活性および,示差走査熱量計を用いて評価した硬化活性化エネルギーも,「DETA-CMB > DETA-PMB > pristine DETA 接着剤」の傾向を示した.

https://i.gyazo.com/82bd0104bdc95bda246920b8859fc962.png

結果②       基板表面の物理的特性は,機械的インターロッキング効果や接着剤の濡れ性の変化を通じて,接着強度に大きな影響を与える.結論の信頼性を高め,ここで報告した接着強度が他の報告データと広く比較できるよう,異なる基材や表面に対する3種類の接着剤の接着強度を同じ実験条件で測定した.

  • 鏡面加工Al(表面粗さなし),polished Al基板(研磨.デフォルト),サンドブラスト加工した3種類のAl基板.鏡面加工と研磨では,接着強度の大きな違いはなく,機械的インターロッキングの影響を排除するのに十分であることが示唆された.3種のサンドブラスト処理面に対するDETA-CMBの接着強度は,いずれも19 MPa以上であり,両者の有意差はほとんど認められなかった.DETA-CMBの使用により,機械的相互作用の弱い表面でも良好な界面相互作用が得られ,2つの対照群では粗さに強く依存することを示唆する.
  • また,DETA-CMBにおいて,化学的表面処理を行ったアルマイト処理およびシランカップリング剤(SCA)処理と,研磨処理とでは大きな差は見られなかった.
  • 異なる金属(真鍮(Cu),ステンレス鋼(SS),炭素鋼(CS))およびレッドオーク材に対する3種の接着剤の接着性能について検討したところ,CMBが一般的な構造金属に対する界面補強の効率を維持できることが示された.

https://i.gyazo.com/677290e3e830307606961275b985de5d.png

結果③       乾燥(D),蒸留水(W),人工海水(SW)条件下でさまざまな金属表面に対する接着剤の接着特性を試験した.すべての条件下でDETA-CMBの接着強度は,他2種(DETA-PMB,pristine DETA)よりも有意に高かった.また,DETA-CMBは水中環境下でもその乾燥接着強度を十分に維持できることがわかった. 水中接着強度に及ぼす表面粗さの影響についても検討したところ,サンドブラスト処理において,水中環境においては機械的なインターロッキングの影響が依然として大きいことが示された.また,SS#80はAl#80よりも水中での接合に適していることが分かり,これはカテコール部位がAl3+イオンよりもFe3+イオンと強い相互作用を持つことに起因すると考えられる.

結果④       質量濃度の異なるNaCl(0.9,1.8,3.6,7.2 wt%)の模擬海水およびpHの異なるPBS溶液で接着強度をテストした.溶液中のイオンが金属表面とエポキシ接着剤中の極性基との界面に負の影響を及ぼすため,いずれの接着剤でも接着力は低下した.すべての接着剤の強度が溶液の pH の増加とともに低下することを示し,これはアルカリ性環境ではフェノールと金属酸化物の間の相互作用が弱くなるためと考えられる.

結果⑤       海洋温度は一般に陸上温度より低く,平均温度範囲は1~5 °Cである.一般的な接着剤の多くは,水中ではこのような低温で硬化させることができない.水中4℃での接着特性を調べた.さらに,低温では接着剤の流動と硬化がさらに制限され,金属表面への濡れがより困難になるため,すべてのエポキシ接着剤の0℃での水中接着強度は,4℃での接着強度よりも著しく低くなる.カテコール基による界面活性効果が0℃で有効であることが示された.

結果⑥        熱水環境での耐久性を調査した.いずれの接着剤も 4 day の水熱処理後に接着強度が著しく低下しており,これは界面水和によるものと考えられ,カテコール基でもアルマイト加工(陽極酸化)の助けなしに極高温液体環境の攻撃に完全に対抗できないことを示した.一方で,DETA-CMBの残存結合強度は,他の2つの基含有接着剤よりも一般に高いことから,熱水侵入に対する完全な耐性についてはさらなる検討が必要であるが,コントロール群よりも熱水環境下で長寿命を実現すると考えられる.

結論  CMBエポキシ接着剤は,独立した架橋戦略と相乗効果の利点に基づき,4℃の水中環境下でも乾燥接着強度を維持できる(9.0MPa).サンドブラスト処理したAl基板は,適度な硬化により,化学修飾後と同程度の接着強度を得ることができた.このことは,CMBエポキシ接着剤と研磨Al基板間のカテコールによる界面相互作用が,化学的表面処理による接着と同程度の品質の接着をもたらすことを示唆している.水熱耐久性試験から,カテコール含有エポキシ接着剤はフェノール含有接着剤よりも長寿命であることが明らかになった.

意見  接着剤の混合割合の検討がよくわからなかった.分子量の検討は行われたのだろうか.

  • 水中接着の困難
    • 目指すもの:完全接着
      • 類似または非類似の材料の界面が合体し,破壊による亀裂が接着剤または被着体のバルク内で伝播することと定義
      • 接着剤/被着体の界面は弱く可逆的な非共有結合で結合されていることが多く,一方で接着剤や被着体のネットワークは強く不可逆的な共有結合を含んでいるため,完全な接合を実現することは困難.
      • 接着剤/被着体の界面相互作用を改善することが重要
    • 特に水中での接着は,表面水が基材表面基と競合して接着剤官能基と相互作用し,接着剤と被着体の直接接触を妨げるため,より困難である
      • 一般的な接着剤は,水中では境界層による干渉のため,基材に効果的に接着することができず,乾燥接着強度に比べて低い接着強度となる
    • 初期の接合強度は良好と考えられるが,水中接合と同様に熱と水分からなる熱水環境に曝されると接合品質が低下し,接合部が破壊することさえある
      • 接着剤の寿命,すなわち接着剤が特定の環境下で規定の強度を維持できる時間は実用上極めて重要な要素
      • 極端な熱水環境が接着接合部の強度に及ぼす影響は,過去数十年にわたり研究優先度の高いテーマである.ほとんどの研究は,SCA 処理,陽極酸化サンドブラストなど,接着剤と被着体の親和性を高めるための金属表面の処理に焦点をあてている.これらの処理には時間がかかる,あるいは環境に優しくないという欠点があるため,機能性接着剤に基づく新しい戦略が望まれる.
      • カテコール系接着剤による界面相互作用の強化が耐久性向上に役立つ可能性を示唆
        • Polydopamine and Polydopamine–Silane Hybrid Surface Treatments in Structural Adhesive Applications
    • 過去数十年の研究により,水中用接着剤の設計と調製の鍵は排水にあることが明らかになっている.
  • ここで注目されているのが,イガイの接着構造カテコール
    • 1981年,WaiteとTanzerが海産イガイの粘着パッドの粘着特性を初めて報告
    • カテコールとその類似基は,接着剤が表層水を透過して,接着剤と基材表面の間に強力な結合を形成することを可能にすると考えられている
  • 現在のBio-inspired接着剤の問題点
    • 塗布のために溶剤を必要とする→環境問題
    • カテコール基の補強効果を最適化するために重要な,カチオン,疎水性基,アルカリ性環境の基本的相乗効果は無視されている
    • カテコール基の酸化架橋(金属やその酸化物との界面相互作用に劣る)を起こすと,凝集力と界面相互作用の間でトレードオフが生じて,接着強度をさらに高める妨げになっている
    • 構造用水中接着剤にはより高い接着性能(≥5MPa)が要求される
  • エポキシ系接着剤(エポキシ樹脂と硬化剤からなる構造用接着剤)
    • 接着剤の極性基(アミノ基,水酸基エーテル結合など)と基板表面の極性基との相互作用が水によって劣化するため,高い水中接着強度を有するエポキシ接着剤は知られていない
    • マンニッヒ塩基系硬化剤
      • フェノール類,ホルムアルデヒド,アミンのワンポット縮合反応から合成される
      • その速硬化性と合成プロセスの簡便さから,長年にわたりエポキシ樹脂の合成によく用いられる工業製品
  • 提案手法
    • カテコール系マンニッヒ塩基硬化剤(CMB)は,4-tert-ブチルカテコール(TBC),パラホルムアルデヒド,ジエチレントリアミン(DETA)のワンポット縮合反応によって精製なく合成された.これに,市販液状エポキシ樹脂である水添ビスフェノールAジグリシジルエーテル(DGEHBA)を組み合わせて,速硬化型の二液型エポキシ接着剤を設計した.
    • アミノ基とエポキシ基の開環反応により,カテコール基を消費することなく架橋点が形成された.
    • CMBのアミノ基の相乗効果と,アルカリ性は,カテコール基にとって有益な環境を提供し,界面相互作用を強化すると期待
  • サンドブラスト処理 Al の乾燥接着強さ(20.4 MPa)は,適度なポストキュアを行うことで,接着に最適な表面として知られ,接着剤の上限となる陽極酸化 Al やシロキサン処理 Al の乾燥接着強さに匹敵する値を示した。我々の知る限り,カテコール系接着剤でシロキサン処理面と同等の強度を得ることができた既報はない.
  • アルカリ性環境ではフェノールと金属酸化物の間の相互作用が弱くなる
    • Dopamine-Mediated Polymer Coating Facilitates Area-Selective Atomic Layer Deposition (2021)