あひる日記

工学系大学院生の備忘録

論文 - Instant tough bioadhesive with triggerable benign detachment

Instant tough bioadhesive with triggerable benign detachment Chen, X. et al. PNAS, (2020) 117(27), 15497-15503.

さまざまな湿った動的組織に瞬時(5秒以内)かつ強靭な(界面靱性400 J m -2以上)接着を形成し,必要に応じて接着組織から良好に剥離できる生体接着剤を報告する.

現在の外科手術では創傷を閉じ,止血し,埋め込み型デバイスを組織に取り付けるために,ステープルや縫合糸などが利用されている. それに対して,使いやすさ,気密や防水性能,組織損傷の最小化などの利点から生体接着剤が注目されている.
近年の生体接着剤としては,イガイ由来の接着剤,ナノ粒子溶液,紫外線 (UV )硬化型組織接着剤などの種類が開発されてきたが,迅速かつ強固な接着で剥離可能な接着剤は得られていなかった.

生体接着剤の問題点
接着形成の遅さ
結合の弱さ
・生体適合性の低さ
・組織との機械的適合性の低さ
誘発可能な良性剥離の欠如
特に剥離に関しては,さまざまなタイムスケールの剥離が求められる.例えば,外科的術中の一時的な生体接着剤の除去の場合は数分から数時間以内,治癒後の除去の場合は数日から数週間後.

具体的な接着剤の合成や,接着メカニズムは以下の通りである.

乾燥状態で切断可能なN -ヒドロキシスクシンイミド (NHS) エステルでグラフトされたポリビニル アルコール (PVA) とポリ(アクリル酸) (PAA) の相互侵入ネットワークから構成され,
1. 吸湿性の高い PAA ネットワークによる界面水の除去(dry cross-linking mechanism)
2. 水素結合や静電相互作用などの瞬時の物理的架橋が同時に形成 (5分未満).一方で,カルボキシ基の中和によって物理架橋は減っていく.
3. PAA ネットワークにジスルフィド結合でグラフトされた開裂可能なNHSエステルが組織表面の第一級アミン基と共有結合架橋 (アミド結合)し,長期的な接着を実現する
4. 重炭酸ナトリウム (SBC) とグルタチオン (GSH) からなる生体適合性トリガー溶液によって,生体接着剤の組織表面との物理的および共有結合的架橋が切断される. SBCによって水素結合の物理的架橋のpH依存性脱架橋が生じ,GSHによってジスルフィド結合が切断されてチオール基になる.
の4段階を通して,接着および剥離が生じる.(B,Cは(4)剥離段階を示している)

Image from Gyazo

FT-IRによって,接着剤内にカルボキシ基,NHSエステル,ジスルフィド結合が存在することを確認.
一級アミン結合蛍光マイクロビーズを接着剤に導入して,剥離におけるトリガー溶液の効果を確認した.SBCのみだと蛍光は減り,SBC+GSHだと蛍光がほぼ消滅する.よって,トリガー溶液の2種類の物質によって,カルボキシ基とアミンとの水素結合および側鎖内部のジスルフィド結合がそれぞれ切断され,剥離が生じていることがわかる.
接着試験は,ブタ皮を用いた180° peel testを行い,1 kPaの圧力を5秒加えるとさまざまなpH(pH2〜8)で400 J m -2を超える界面靭性を示した.
剥離における接着試験を実施した.接着時間を変えて,トリガー溶液の影響を調べた.1分時点ではSBC(物理架橋切断)による接着力低下が大きく,30分時点ではSBCとGSHで同程度,12時間後にはGSH(スルフィド結合切断)による接着力低下の寄与が大きくなっていることがわかった.0.5 M SBC および 50 mM GSH を含む PBS のトリガー溶液が,さまざまな接着時間に対する剥離トリガーとして有効であることがわかった.
ラットの皮下腔の筋肉層に生体接着剤を接着し,生体内での接着・剥離有効性を調べた.接着が確認され,組織学的評価から接着および剥離の生体適合性が示された.
応用先として,手術中の縫合用接着剤の貼り直しと,術後の中長期的な接着を調べた.ブタ臓器の手術デモにおいて,トリガー溶液の適用後5分以内に簡単かつ無害な方法で容易に除去し貼り直して気密性を得ることができた(接着性の低下なし).
埋め込み型デバイスの貼り付けへの応用.デバイスに付着した接着剤にトリガー溶液を浸透させるために,パターンをもつ形状をしたデバイスを設計した.迅速かつ強力な接着を形成し,必要に応じて取り外すことができることを実証した.

・デモ動画がめちゃくちゃきれい.理想的と言ってもいいような剥離可能接着剤に見える.
・膨潤した生体接着剤は,7 倍を超える伸縮性と 1,000 J m -2を超える破壊靱性を備えた非常に伸縮性の高い強靱なヒドロゲルの薄層になるが,一方でこれだけの伸縮性はいらない部位ではどうやったら伸びにくくなるのか.
・接着剤自体は体内で分解されたりしないのか.
・何日間接着力が維持されるのか.接着剤除去のためにもう一度術野を広げないといけないのはあんまり好ましくなさそう.